2026.08.16 / ぶち上げインタビュー
【経営者インタビュー】「何をするかより、誰とするか」——21歳が選んだ、誰一人取り残さない営業組織。株式会社最強・宇治野琉空さん

「この人たちときたい」。ただ、その一心だった。 訪問販売によるauひかり回線の営業を主軸に、「日本一の営業会社」を掲げる株式会社最強。その自社マネジメントを、まだ21歳の宇治野琉空さんが担っている。 幼稚園から始めたサッカーに人生のすべてを注ぎ、往復40キロを自転車で通った高校時代。県大会ベストエイト。しかしプロへの道は中学生のうちに現実として閉ざされ、「何者かにはなれる」という根拠のない自信だけを抱えたまま、目的のない大学生活を送っていた。そんな彼が大学を休学し、退路を断ってこの世界に飛び込んだ。 「見た目は26、27歳と言われる」その貫禄の内側にある、原点と現在地、そして見据える未来を伺っ
この記事の要点
- 01**宇治野さん:地元が好きで、名前もそこそこ知られていて、ギリギリ通れるところ、という理由で甲南大学に入りました。
- 02そっちのほうが圧倒的に、自分の価値観の上では大事**なんです。
- 03**自分の目標達成が、会社の未来につながっている**と想像できたら、自分のためだけに頑張るより、もっとワクワクできるはずです。
※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。
「人の入れ替わりが激しい」を、前提にしない——最強という会社
**——まず、最強さんの事業について教えてください。**宇治野さん:訪問販売でauひかりの回線を売る、営業会社です。掲げているのは「日本一の営業会社」。
そこに向けて、数字ベースで言うと、来年の9月に自社だけで月500件を掲げています。
**——組織として、どんな会社にしていきたいですか。**宇治野さん:本当に、愛があって、誰一人取り残さない。その考え方が、今の理念にもすごく反映されているんです。
訪問販売とか営業の会社って、人の入れ替わりが激しいのを前提にしてやっているところが多いと思うんですよ。でも僕らはそうじゃない。**ここを選んでくれたのなら、その人間に120パーセントの愛情を持って、ちゃんと引っ張り上げる。もう置いていかない**。そういう組織でありたいなと思っています。
離職率もめちゃくちゃ低いと思います。もう一つの部活みたいな感じで、圧倒的に体育会系が多いですね。
ボールを蹴っていたら、そのまま——サッカーに捧げた少年時代
**——子どもの頃は、どんなお子さんでしたか。**宇治野さん:僕、ずっとサッカーをやっていました。しかも町の少年団じゃなくて、実家から距離のある外部のクラブチームでした。
小学校も中学校も、学校終わりに遠いところまで送迎してもらったり、割と高い月謝を払ってもらったり。そうやって育ててもらったんです。だから親には、めちゃくちゃ還元したい、恩返ししたいという気持ちがずっとありました。
**——サッカーを始めたきっかけは。**宇治野さん:たぶん幼稚園の頃ですね。休み時間にみんなでボールを蹴っていたら、偶然その流れで始めました。初めて触れたスポーツがサッカーだったんです。それが面白くて、その延長でずっと続けていた感じですね。
勉強のほうは、可もなく不可もなく。ドアホでもないけど、賢かったわけでもない。高校ぐらいまでは、本当にほとんどサッカーでした。
「上が、果てしなく見えた」——現実を知ってなお、燃え尽きるまで
**——高校で「現実を知った」とおっしゃいました。どういうことでしょう。**宇治野さん:実は、現実は中学の頃から見えていたんです。外部との交流が多いチームだったので、身体能力の差も、チームが残している成績も踏まえたうえで、「今の段階でここだと正直厳しいな」と感じていました。**その上が、果てしなく見えた**というか。
**——それでも、やめる選択肢はなかった。**宇治野さん:なかったですね。単純に好きだったのと、高校サッカーはもうやりきりたかった。行けるところまで行ってやろう、と思っていました。特別強い私立じゃなくて、中の上ぐらいの公立だったので、「じゃあここで燃え尽きてやろう」みたいな気持ちでやっていました。
通学も、往復40キロを自転車でしたね。片道1時間半。バイトをする時間なんてなくて、勉強と部活だけ。
でもあれは、メンタルが強くなった一つの経験だと思っています。一番の思い出は、公立なのに、周りがほとんど私立という中で、県の新人戦でベストエイトに行けたこと。あれは嬉しかったです。
尖っているだけの、ダサいやつ——何者かになりたかった空白の日々
**——大学時代は、どんな心境でしたか。**宇治野さん:地元が好きで、名前もそこそこ知られていて、ギリギリ通れるところ、という理由で甲南大学に入りました。でも、目的は特になかったんです。
「自分は何者かになれる」っていう根拠のない自信だけはあったんです。ならなきゃいけない、っていう使命感みたいなものもありました。
**——でも、具体的に動いてはいなかった。**宇治野さん:そうなんですよ。自信はあるのに、実際に何かしているわけじゃない。**それってただ尖っているだけの、めっちゃダサいやつじゃないですか**。その状況を抜け出したいなと思いながら、バイトして、なんとなく学校に通っていました。それが大学一、二年の頃でした。
なりたい自分の像だけは、昔からずっと変わっていませんでした。器が大きくて、まっすぐで、どこまでいってもかっこいい人。自分がかっこいいと思う人には共通点があって、そこは明確だったんです。それは、今も変わりません。
探し回ってくれた、その背中——松本さんとの出会い
**——転機は、どこにありましたか。**宇治野さん:大学の頃、休場くんと仲良くなって、いろいろ話す中で「なんとなく気持ちがわかるよ」となりました。でも当時の僕は、何がしたいかも、人脈も知識も情報もなかった。
そんな状態で、彼にマツモトさんを紹介してもらったんです。
**——松本さんとの、最初の出会いを覚えていますか。**宇治野さん:これが、僕の中で一つのエピソードなんです。梅田駅のドトールを指定されたんですけど、梅田って地図で見てもややこしくて、僕が店舗を間違えていたんです。
普通、そういう時って僕が動くじゃないですか。でもそうじゃなくて、マツモトさんが2、3店舗、僕を探して回ってくれていた。
その時点で、人柄ってもうわかるじゃないですか。話す前から「ああ、こういう人なんだ」と、めちゃくちゃ思いました。だから内容とか関係なく、決断していました。
今でも松本さんは、**「この人なら大丈夫」「何があっても大丈夫」と思えるぐらいの、無条件の信頼**を寄せられる存在です。
逃げ道を、自分から消す——休学という決断
**——大学を休学されたのは、大きな決断だったと思います。**宇治野さん:三回生の年に、一年間休学しました。親はめちゃくちゃ心配していたんですけど、自分の覚悟を伝える時間を、人生で初めてぐらいちゃんと作ったんです。
四年後に「あの時、大学のうちに言っておけばよかった」なんて弱いことを言わなければ、それが正解になる。そう考えて、**そもそも後悔するという選択肢を、自分から消しました**。退路を断って、逃げ道がなくなったからやるしかない、という状況を作ったんです。
**——最初の数か月は、相当しんどかったと伺いました。**宇治野さん:訪問している時間に対して、取れる件数も収入も追いつかなさすぎました。月収、マジで3万円ぐらいでした。バイトと両立していたので、その時間まで削ってやっても件数が取れない。生活もままならない。あれが一番しんどかったです。
でも、ちょうど最強も立ち上げ当初で、社宅を一つ借りて、そこにみんなでどっぷり入り浸っていたんです。ご飯まで食べさせてもらいました。住み込みみたいな感じで、本当にめちゃめちゃ助けてもらった。あれで乗り越えられたし、家族になっていった感覚がありますね。
何をするかより、誰とするか——200パーセントのコミット
**——そこから結果を出せるようになった。何を変えたのでしょう。**宇治野さん:学校を辞めたのと同じで、それしかなくなったら、それをやるしかないじゃないですか。
僕は、**何をするかよりも、誰とするか。そっちのほうが圧倒的に、自分の価値観の上では大事**なんです。「この人たちと働きたい」と心の底から思って、じゃあ今の自分がやるべきことは訪問販売員だ、と思いました。他に何ができるかとか考えるより、今何をすべきかに200パーセントコミットした結果、「これをやるしかないな」となった。その思考の変化は大きかったと思います。
**——今は、どんな役割を。**宇治野さん:富山さんと一緒に、自社のマネジメントをやらせてもらっています。現場はもうインターン生に任せていて、僕自身は現場には出ていないですね。
富山さんは、僕から見るとマジでストイックな鬼です(笑)。生活習慣も、体もバキバキです。全てにおいて、そういう人です。
リーダーが、足りない——35名の組織が向き合う課題
**——今、組織はどれくらいの規模ですか。**宇治野さん:インターン生を含めて、今35名はいます。集まってくれるのは、自分の目的や目標が明確な人が多い印象ですね。採用媒体経由が7割ぐらいで、そこは今トミヤマさんがやってくれています。
**——マネジメントをする上での、いまの課題は。**宇治野さん:自社のメンバーで言うと、本当にリーダー不足が顕著に出ていて、揺らいでいるタイミングでもあるんです。だからリーダー育成が、一番の課題ですね。
あとは、会社の未来像をもっとみんなに共有すること。**自分の目標達成が、会社の未来につながっている**と想像できたら、自分のためだけに頑張るより、もっとワクワクできるはずです。そこを浸透させていきたいです。
**——一緒に働きたいのは、どんな人ですか。**宇治野さん:誠実さですね。営業の能力なんて、後からいくらでもついてくると思うんです。でも、人間性とか人としてのあり方は、後からだとなかなか難しい。
そこに向き合いたいし、あったかい人たちと一緒に働きたいなと思っています。
こういう世界も、あるんだよ——踏み出せない誰かへ
**——事業を通じて、どんな影響を与えていきたいですか。**宇治野さん:入社してきてくれた人間に、「こういう世界もあるんだよ」と伝えたいです。僕自身が、まさにその立場だったので。
今の世の中って、何かはみ出したり、一歩踏み出したりすると、叩かれるような風潮があるじゃないですか。そんな時代に、これだけみんなが同じ方向を向いて、熱く「登っていこう」という志を持っている環境が、そもそも存在するんだよ、と伝えたいんです。そこに気づける人たちの輪を、広げていきたいんです。
**——最後に、一歩を踏み出せずにいる人へ、アドバイスをお願いします。**宇治野さん:本田圭佑さんがよく言っているんですけど、環境へのこだわり、という話があります。**努力だけなら足し算だけど、環境と努力は掛け算になる**。本当にその通りだなと思っています。
だから、もう覚悟を決めることじゃないですかね。「自分には無理、できない」など余計なことは考えず、根拠なんて無くて良い。少しでも意思があるなら飛び込んでみる。その状況を、自分で作ってみろ、と伝えたいです。そこから、たぶんすべてが始まると思います。
「何をするかより、誰とするか」。逃げ道を自分から消し、信じられる仲間の背中を追ってきた宇治野さんの言葉には、21歳とは思えない一貫した芯がある。誰一人取り残さない——その理念を、彼は借り物ではなく、自分が救われた実感として語る。組織が大きくなるほど、その愛をどう仕組みに変えていくか。次の挑戦は、もう始まっている。
会社概要
会社名:株式会社最強
代表者:代表取締役 松本龍拓
所在地:〒556-0022 大阪府大阪市浪速区桜川4-3-22 foryou桜川ビル8F
創業:2024年11月18日
従業員数:35名(業務委託含む)
事業内容:訪問販売によるauひかり回線の営業
取材・文:佐藤大遥(株式会社One Rep)
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