2026.09.21ぶち上げインタビュー

経営者インタビュー「この一秒後から選択を変えれば、未来は絶対に変わる」——挫折した女性たちの"駆け込み寺"になったデザイナー。Kumo Design・楠本愛さん

「この一秒後から選択を変えれば、未来は絶対に変わる」——挫折した女性たちの"駆け込み寺"になったデザイナー。Kumo Design・楠本愛さん

「やっぱり私は、デザイナーでしか生きていけないんです」 女性向けにデザイナーを育てるオンラインサロンを運営し、BtoBのデザイン受託でも走り続けるKumo Design代表・楠本愛(くすもと あい)さん。福岡・糸島生まれ。安定した人生を思い描いていた少女は、一浪して掴んだ建築の道でデザインに恋をし、超ブラックな広告代理店へ飛び込んでいく。 数千円の仕事から2,000万円の案件へ。順調に見えたキャリアは、しかし専門学校でのいじめ、事務職での消耗、そして夫の鬱と離婚、収入ゼロのシングルマザー、幾度も底へ沈んでいく。逃げ込んだ島で彼女が掴んだ一つの答えが、いまの事業の原点になっている。 一度どこかで

この記事の要点

  • 01楠本さん:私は現場でずっと走り続けてきたので、どうやったら売上が上がるのか、本質的なデザインの作り方はこうなんだ、というのを理論と仕組みで教えています。
  • 02前に出るのが嫌でデザイナーになったのに、なぜ営業を——って、ずっと葛藤していました。
  • 03だったら、この一秒後から選択を変えれば、未来は絶対に変えられる——そう決めて、東京に戻りました。

※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。

「もう、駆け込み寺みたいな感じです」——他スクールで挫折した女性が辿り着く場所

——まず、いまの事業について教えてください。

楠本さん:女性向けにデザイナーを育てるオンラインサロンを運営しています。

主にお子さんがいるお母さんや、20代で人生に悩んでいる女性が対象で、デザイン制作はもちろん、仕事の取り方やSNS発信、AIの使い方まで教えています。

特徴的なのは、入ってくる方のほとんどが「一度どこかのスクールに通ったけれど、稼げずに挫折した」という人だということ。もう、駆け込み寺みたいな感じです(笑)。

——他のスクールとは、何が違うんでしょう。

楠本さん:コロナ禍で「在宅デザイナー」って死ぬほど流行ったんですよ。スクールもすごく儲かった。でも、半年受けて終わり、自己投資して終わり、稼げないっていう人がものすごく多かったんです。

私が過去に受けてきたスクールも、で課題を出しても、添削が「いいですね」って承認オンリー、ロジックも仕組みもなかった。

楠本さん:私は現場でずっと走り続けてきたので、どうやったら売上が上がるのか、本質的なデザインの作り方はこうなんだ、というのを理論と仕組みで教えています。だからおかげさまで、いまはほぼ全員が収益化できています。

「争うことが、とにかく嫌いだった」——安定志向の少女が、建築に恋をするまで

——学生時代は、どんな方だったんですか。

楠本さん:本当に地味で、平和主義でした。争うこと、戦うことが嫌いで。

大学を出て安定企業に入って、老後を過ごす——そういう「よくある大衆系」の人間だったんです。福岡の糸島っていう、海のきれいな町の出身で。

もともとは薬剤師を目指していたんですけど、もともとは薬剤師を目指していたんですけど、あまり興味が持てなくて。中学からずっと憧れていた建築をやりたいと親に頼み込んで、高3で志望を変えました。建築は数学Ⅲや物理が必要で、準備が間に合わないから一浪もさせてもらって。

自分のやりたいことに、少しずつ振り切り始めた時期でしたね。

——念願の建築学科は、楽しかったですか。

楠本さん:それが、全然楽しくなかったんですよ(笑)。建築学科ってすごく忙しくて、サークルにも入らず、友達もあまりできなくて。私にとっては暗黒時代でした。

でも、そのおかげでいい先輩に巡り会えて、そこでAdobeのIllustratorに出会ったんです。大学3年のとき、建築物そのものより、それを教授にプレゼンするための資料を作るのがめちゃくちゃ楽しくて。

「あ、私は建築家じゃなくて、プレゼンを作るデザイナーになりたいんだ」って、急に切り替わっちゃったんです。

「営業が嫌でデザイナーになったのに」——超ブラック企業で掴んだ2,000万円

——卒業後は、どんな道を選んだんですか。

楠本さん:大手の建築会社に行くのが大学的には正解だったんですけど、「私はデザイナーになる」と言って、超ベンチャーの広告代理店に入社したんです。

もう、スーパーブラック。いまだったら捕まるんじゃないかっていうくらいで(笑)。でも、そこから人生が変わりました。

楠本さん:入って1年で業績が傾いて、「全員営業」になったんです。デザイナーを捨てて営業に回る、できなければ退職。前に出るのが嫌でデザイナーになったのに、なぜ営業を——って、ずっと葛藤していました。

ただ、自分で取ってきた案件のデザインはやっていい、というルールがあって。数千円の小さな仕事から始めて、2年弱で2,000万円くらいの案件をコンペで取れたんです。デザインも自分で納品して、「もうこれでいいだろう」って、その瞬間に辞めました。

転職、いじめ、そして母に——「安定」を求め続けた日々

——そこからのキャリアは、まっすぐではなかったと。

楠本さん:本当にジグザグです(笑)。2,000万円の案件を最後にデザインが大嫌いになって、専門学校の広報に転職しました。高校を車で回って、生徒さんにデザインを教える仕事です。

でも、やると決めたらやりすぎちゃう性格で。当時20代の私は根回しや、しきたりが分からなくて、先輩に目をつけられて。結局、逃げるように辞めました。

次はもう「安定を取りたい」と、大きな会社の事務に。でも死ぬほどつまらなくて。「やっぱり私はデザイナーでしか生きていけない」と部長に伝えたら、社内のデザイン部署に異動させてくれて。そこで6年間勤めました。

——結婚や出産も、この時期だったんですね。

楠本さん:はい。妊娠して育休に入ったんですけど、復帰する直前に、家族が心の体調を崩してしまって。

生まれたばかりの0歳の子を育てながら、私自身もバランスが崩れていった。

これは続けられないと思って、半年ほどで離婚という選択をしました。子ども一人を連れて、実家に帰ったんです。そこから、人生が大きく変わっていきました。

「悲劇のヒロインを演じていたのは、自分だった」——逃げ込んだ島で気づいたこと

——実家に戻られてからは、いかがでしたか。

楠本さん:2020年3月に戻ったんですけど、その月にコロナで世の中が一気に止まって。しかも私、転職先も決めないまま会社を辞めてしまっていたんです。

収入のないシングルマザー——いろんなことが重なって、精神的にすごく不安定になりました。でも不思議と、そこから馬力が出てきたんですよね。

その後、Microsoftでディレクターとして3年ほど働きました。外資なので夜中の1時に対応したり、英語ができないのに会議が英語になったり(笑)。本業とフリーランスの両輪で、とにかく食べるために走り続けて、最後は体を壊してドクターストップ。収入もゼロになって、ニートになりました。

——そして、島へ逃げ込んだと。

楠本さん:全部が嫌になって、子どもを連れて一週間くらい、四国の大三島に逃げ込んだんです。

そこにいた人たちは、毎朝海を眺めて、畑仕事をして、お昼寝をして……都内でゴリゴリ働いて苦しんでいた私とは、まるで別世界で。

そのとき、「あ、これ全部、私自身の選択だったんだ」って気づいたんです。今までの人生は全部、自分が選んできたこと。悲劇のヒロインを演じていたのは、自分だった。だったら、この一秒後から選択を変えれば、未来は絶対に変えられる——そう決めて、東京に戻りました。

鬱の底でも、この仕事だけはできた——「駆け込み寺」の原点

——独立して、デザインのスクールを始められます。

楠本さん:最初は、私がずっとやってきたデザインを、半年30万円くらいで教えるところから始めました。主に子育て中のお母さん向けに。

そうしたら、他のスクールで挫折した方がどんどん来るようになって。承認だけで終わらせず、理論と仕組みで教えるというやり方が、たぶん求められていたんだと思います。

——一番大きな挫折は、何でしたか。

楠本さん:私自身が鬱になったことですね。3年前、スクールを立ち上げた直後、3ヶ月で鬱になってしまって。2ヶ月くらい、まったく動けませんでした。

でも不思議なんですけど、スクール事業だけは完璧にこなせていたんです。鬱なのに。そこで気づいたんですよね。自分が本当にやりたいことには、挫折がないんだって。

——添削も、かなり手厚いそうですね。

楠本さん:デザインの質は、絶対に妥協しません。なんとなくで終わらせない。

添削も、一案件に対して多いときは10回以上キャッチボールします。一つの案件に2ヶ月かかる子もいるくらい。それくらいOKを出さないんです。

裏では「愛さん、怖い」って言われてるらしいです(笑)。でも、最終的には本人がやらないと現実は変わらないので、そこは手厳しくいきます。

数字ではなく、その先の感情を見せる——女性の背中を押す技術

——受講生が成果を出すために、意識していることは。

楠本さん:「自分で選択する」ということを、とにかく教えています。

いまのこの現実も、全部、自分の過去の選択が作っている。だから、この一秒後から選択を変えれば、未来は絶対に変わる。大三島で私が気づいたことを、半年かけて面談や勉強会で伝えていくと、みんな目標に向かって動き出せるようになる。実際に月40〜50万円を達成していく方も少なくないです。

女性って、収入という数字だけを目標にしても、なかなか動けないんですよ。心が折れちゃう。だから「お仕事獲得して、みんなで盛大なパーティーをしよう」というところまで見せてあげる。お金そのものより、その先にある感情や体験を描いてあげること。そこに、心のサポートを全力で足していきます。

——サロンは、何名くらいで運営を。AIの使い方も教えているとか。

楠本さん:実質、私一人でやっています。事務処理は全部AIで回せるようになったので、その分、生徒との対話に集中できる。デザインもAIで骨組みを作って、そこからどうブラッシュアップするかを発信しています。

ただ正直に言うと、AIはまだデザインにそこまで使えるわけじゃないんですよ。結局、デザイナーの目がないと、何が課題なのかが見えないし、プロンプトすら書けない。

切り口としてはAIを掲げるけど、中身は「AIだけじゃ稼げないよ」という現実を叩きつける講座。そこはごまかしたくないんです。実は売上の8割はBtoBの受託で、医療関係のサイト制作など、いろんな業界の現場に立ち続けている。だからこそ、リアルな知見をそのまま受講生に還元できていると思っています。

デザイナーを、憧れの職業に——死ぬまで、女性を支え続ける

——今後、成し遂げたいことを教えてください。

楠本さん:デザイン業界を、盛り上げていきたいんです。

AIが出てきても、何が出てきても、デザイナーは絶対に必要。それが伝われば、業界は一気に伸びると思っています。私一人の力では難しいけど、「やったぜ!」って人が何百人と増えれば、デザイナーの単価も上がっていく。

抽象的に言えば業界を盛り上げること、具体的に言えば単価を上げて、デザイナーという職種を、もっともっと憧れの職業にしていきたい。それが一つのゴールです。

——最後に、いまくすぶっている人へメッセージを。

楠本さん:私の使命は、女性をサポートすることだと思っています。

お母さんでもいいし、20代で悩んでいる子でもいい。来てもらって、自分で決断して、自分で選択して、自分の人生を切り開く——そのマインドの部分を、私は死ぬまで伝えていきたい。

自分でやりきる気持ちさえあれば、あとは全力でお尻を叩きます(笑)。だから、一度どこかで諦めてしまった人こそ、来てほしいです。


会社概要

会社名:Kumo Design

代表:楠本 愛

創業:4年目

事業内容:女性向けデザイナー育成のオンラインサロン運営、およびBtoBのデザイン受託制作(Webサイト制作など)


取材・文:黒澤優一(株式会社One Rep)


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