2026.09.24ぶち上げインタビュー

経営者インタビュー「偶然の八割をつかみ続けたら、ここにいた」——19歳で父になったエンジニアが、キャリア支援の会社の中枢を担うまで。ポジウィル株式会社・執行役員 斉藤健太さん

「偶然の八割をつかみ続けたら、ここにいた」——19歳で父になったエンジニアが、キャリア支援の会社の中枢を担うまで。ポジウィル株式会社・執行役員 斉藤健太さん

「キャリアって、実は運が八割なんですよ」。 ポジウィル株式会社は、個人に深く向き合うキャリア支援(キャリアコーチング)を手がける会社だ。大学教授と監修したメソッドをもとに、対話を通じて一人ひとりの5年後・10年後のキャリアパスを一緒に描いていく。その執行役員を務めるのが、斉藤健太(さいとう けんた)さんである。 東京・多摩センターで生まれ育った野球少年。国士舘高校のスポーツ校へ進むも、レベルの高さに早々に野球を挫折。ITの専門学校を選んだ理由は「バイクで通えるから」。新卒の就職活動の軸は「新宿より先には行かない」。一見、行き当たりばったりに見える道のりが、いま振り返ると一本の線でつながっている

この記事の要点

  • 01それがエンジニアになったきっかけなんですけど、選んだ理由は正直あとづけなんです。
  • 02しかも当時、僕はエンジニア出身の経営者になるためのスクールに通っていて、会計や事業戦略を学んでいた時期でした。
  • 03組織がガラガラッと変わって、いまは執行役員として、どちらかというとコーポレート部門と開発部門を見ています。

※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。

個人の人生に、丸ごと向き合う——キャリア支援のインフラをつくる

——まずは、事業内容を教えてください。

斉藤さん:大きく言うと、個人向けのキャリア支援をやっています。カテゴリーでいうと、最近だとキャリアコーチングと言われるような領域ですね。キャリアに悩んでいる方が、僕らのメインのお客様です。 いまはSNSもあるので、周りを見て「自分はどうしよう」と悩んでいる方がすごく多いんですよ。そういう方々と、大学の教授に監修してもらったキャリアのメソッドをもとに、コーチングや対話を通しながら、一緒に5年後・10年後のキャリアパスを描いていく。それをメインのサービスとして運営しています。

——最近は法人向けも始められたそうですね。

斉藤さん:そうですね。法人向けも始めてはいるんですけど、結局向き合うのは、その会社にいる従業員だったり、一人ひとりの個人なんですよ。会社に対しても向き合いながら、「個」に対しても徹底的に向き合う。 僕らが目指しているのは、キャリア支援のインフラを、自分たちがつくるということです。特に、個人に向けたインフラですね。それが、いまの会社のテーマになっています。


前に出る子どもだった——多摩センターの野球少年

——幼少期は、どんなお子さんでしたか。

斉藤さん:ガキ大将まではいかないんですけど、割と前に出るキャラクターだったと思いますね。なんだかんだ、リーダータイプの役割に落ち着くことが多くて。幼稚園から小学校、中学校あたりまで、ずっとそんな感じでした。 ただ、勉強はあんまり好きじゃなかったんですよ。本当に好きじゃなくて、基本はもう野球をずっとやってました。小・中・高と野球ばかりでしたね。「スポーツだけやってる男」っていると思うんですけど、まさにあれです。第一にスポーツ、それ以外は二の次、みたいなノリでしたね。

——ご出身は東京だそうですね。

斉藤さん:東京の多摩センターっていう、サンリオピューロランドがある駅の出身です。生まれもそこで、いまもそこに住んでるんですよ。永遠に最寄り駅が同じ場所にいる感じで、子どもも、自分が通っていた中学校に通っています。もう36年、ずっとその地域に住んでますね。 地元の好きなところは、緑が多くて穏やかなところですね。ニュータウンの街なので、人もセカセカしていなくて。しかも、駅まで全部が歩道でつながっていて、道路を渡らずに歩けるように作られた街なんですよ。子どものころは当たり前だと思っていたんですけど、大人になってみると「これはすごくいいところだな」と気づいたんです。結局そこに家を買って、子育てをしています。


「うわ、めっちゃレベル高い」——野球の挫折と、バイクで選んだIT

——高校はスポーツ校に進まれたんですよね。

斉藤さん:国士舘高校という、スポーツが盛んな学校に行きました。都内なので、家から電車で40分かけて通っていました。ただ、そこで僕は野球を挫折しちゃったタイプなんですよ。 小・中のころは、そこそこ野球ができる方だと思って余裕をかましていたんですけど、高校に入ったら「うわ、めっちゃレベル高い」と思いました。しかも、たまたま僕が高1で入った代が甲子園に行った代で。ある意味、東京で一番強い世代だったんですよね。この中でやっていく自信がないな、と感じて。それで途中で諦めてしまいました。

——その後、大学ではなくIT系の専門学校へ。

斉藤さん:はい、専門学校に行きました。それがエンジニアになったきっかけなんですけど、選んだ理由は正直あとづけなんです。高校が電車で40分かかって、それがめちゃくちゃだるかったんですよ。だから「専門学校はバイクで通いたい」って思ってて。 家の近くで調べたら、バイクで20分くらいのところに、何でもある巨大な専門学校があって。「ここじゃん」と思ったんです。IT系を選んでいる理由はほぼないのですが、父が機械エンジニアっぽい仕事をしていて、家にパソコンがあったので身近ではあった。「ITをやっておけば、パソコンを使わない仕事ってあんまりないし、就職できるかな」くらいの感覚で選びました。本当に、そんなもんです。

マックのクルーと、伝説のバーガー

——専門学校時代は、どんな過ごし方を。

斉藤さん:ほぼバイトしてましたね(笑)。マックのクルーで、深夜帯のシフトにもよく入っていました。そっちの方が頑張ってたかもしれないです。 当時、デミグラきのこバーガーっていう、僕の中で伝説のメニューがあったんです。すごくおいしかったのに、なぜか復活もしないまま消えちゃって。たぶん売れなかったんでしょうね。マックに行ってキノコを頼もうとは、なかなかなりませんから(笑)。


Yahoo知恵袋に研修課題を投げていた新卒時代

——ファーストキャリアは、ITエンジニアだったんですね。

斉藤さん:そうですね。SI系の受託会社で、社員20人くらいの小さな会社に入りました。就活もめちゃくちゃ適当だったんですよ。軸は一貫していて、「遠くへは通えない」ということだけ。多摩センターだから、新宿より先はもう行けない、という謎の物理的な軸がありました。 その中で、上からあいうえお順で会社を探していきました。新宿より手前に本社がある会社を「あ」から順に説明会に申し込んで、「い」から始まる会社に決まって、そこで終わったんです(笑)。いま思えば浅はかなんですけど、当時は謎に迷わない軸がありましたね。

——実際に働き始めて、どうでしたか。

斉藤さん:正直、エンジニアになりたくてなったタイプじゃないんですよ。だからワクワクもなく、「社会人として頑張ろう」くらいの感覚でした。しかも同期は情報系の大学出身で、明らかに彼の方が研修ができるわけです。僕はバイトばっかりだったから、ITの力がそんなについていなくて。 研修の課題がこなせなさすぎて、思わずYahoo知恵袋に課題を投稿して答えをもらっていたくらいで(笑)。「俺、向いてないかもしれない」と思いながら、1〜2年目を過ごしていました。

一ヶ月、家に帰れなかったプロジェクト

——転機になった出来事はありますか。

斉藤さん:2年目くらいに、めちゃくちゃブラックなプロジェクトに当たりました。一ヶ月、家に帰れなかったんですよ。朝8時9時から夜中の2時3時まで働いて、そこから焼肉を食べて、カプセルホテルで2時間寝て、また出社する。それを一ヶ月、休みゼロで回し続けたプロジェクトがありました。 当時は世間知らずだったので「エンジニアってこういうものか」と思って、笑いながらやっていたんですけどね。それでも、なんだかんだ最後までやりきったんですよね。それが「俺、この仕事できるかも」って自信がついたポイントだったかもしれません。 逆に、開発したシステムを動かすサーバーを全部消しちゃったとか、やらかしもあるんですけど(笑)。必死だった一方で、やらかし続けてもいた。そんな1〜3年目でしたね。


「何のために作っているのか」が見えた瞬間

——その後、転職をされていますよね。

斉藤さん:新卒の会社には7年くらいいて、最終的にはプロジェクトを一つ任せてもらえるようになりました。その7年目のタイミングで、DeNAさんやサイバーエージェントさんみたいな会社が、自社の技術をシェアするカンファレンスをやっていて、たまたま見に行ったんですよ。 そこで気づいちゃったんです。僕がやっていたのは、誰かの会社の業務システムを作る受託開発だったんですけど、どうやらゲームを作ったり、自社の事業を作っているエンジニアがいるらしいぞ、と気づいて。それで「自社サービス側に行きたい」とすごく思うようになって、サイバーエージェントグループの、ブライダル領域系を扱うグループ会社に転職しました。

——自社プロダクトを持つ側に移って、変化はありましたか。

斉藤さん:それはもう、めちゃくちゃ変わりました。今までは、雑に言うと「言われたものを、いかに不具合なく効率よく納品するか」を極める仕事だったんですよ。それも素晴らしい仕事だと思っているんですけどね。 自社サービス側に移ると、「何をやるか」から自分たちで決めている。そのプロセスが全部見えたことで、何のために作っているのかが、体感できるようになったんです。エンジニアとして能力が上がると、そのまま会社に貢献できるじゃん、というイメージがすごく湧いてきて。「仕事ってこんなに面白いんだ」と思えたのが、まさにこのタイミングでした。


「一人目のエンジニア」という、そうそう転がっていない求人

——キャリア支援の会社に移ったきっかけは。

斉藤さん:実は、コーチングを全く意識していなかったんですよ。当時、2020年5〜6年前くらいって、コーチングを受けるのが流行り始めたタイミングでした。「イケてるビジネスマンはコーチングを受けて成長しているらしい」という話があって、僕はコーチを探していたんです。 それで、ポジウィルのコーチングサービスに60分の無料体験があると知って、受けに行った。そうしたら、いまの代表代表の金井が僕の申し込み情報を見てくれていて「この人を採用したい」と裏で言ってくれていたいたらしくて。無料体験のあと、なぜか「次は社長に会ってもらえますか?」と謎のルートを提示されました(笑)。「次も無料体験ですよね・・・か?」と聞いたら「無料です」と言うので行ったら、採用の話だったんです。

——迷いはありませんでしたか。

斉藤さん:当時、現職でそれなりに充実していたので、転職するつもりもなかったんですよ。ただ、オファーが「正社員一人目のエンジニアとして入ってくれませんか」というものだった。 「一人目のエンジニア」という求人は、そうそう世の中に転がっていないなと思ったんです。しかも当時、僕はエンジニア出身の経営者になるためのスクールに通っていて、会計や事業戦略を学んでいた時期でした。それを卒業した翌月に、この話が来た。最初に入った方が、後から入るよりは経営層になれる確率が高いだろうと考えて。少し下心もありつつ、「だったら、ちょっとやってみるか」という感じでしたね。

気づけば、ほぼ全部署をやっていた

——入社後は、どのように役割が変わっていったのですか。

斉藤さん:最初は本当に、ただのエンジニアとして入社しました。半年くらいは社内の開発をずっとやっていました。そこから開発部の責任者、いわゆるCTOっぽいポジションになって、その1年後に取締役になるタイミングがありました。 その頃にはもう、開発というよりビジネスサイド全般を見る役割になっていました。組織がガラガラッと変わって、いまは執行役員として、どちらかというとコーポレート部門と開発部門を見ています。 自分でも説明が難しいんですよ。「何をやったか」と言われると、「基本、全部署を もうやってきました!ちゃいました」という感じで答えています。スタートアップによくいる、何でも屋みたいなやつなのかなと思いますね。


キャリアの外側へ——人生を丸ごと支援する

——ポジウィルが目指す理想像を教えてください。

斉藤さん:僕らが向き合うのは、やっぱり「個」なんですよね。目指しているのは、個人に向けたキャリア支援のインフラをつくることです。いま創業10期目になるので、既存のキャリア事業は基盤としてどんどんスケールを強くしたい思いがあります。 一方で、キャリアの話をしていくと、結局はお金の話になったり、恋愛の話になったりするんですよ。実際、恋愛の事業をやっている会社とコラボしたら、めちゃくちゃ反響がありました。キャリアを深掘りし深掘っていくと、最終的に「人生の話」になるんです。仕事だけじゃなくて、婚活で悩んでいたり、お金で悩んでいたり、悩みの中身はさまざまです。

——では、いま一番注力していることは。

斉藤さん:キャリアの外側にも、もっとソリューションを作っていかないと広がらないな、というのが中長期の課題ですね。仕事で悩んでいる方には、マーケティングでそれなりにリーチできている。だからこそ、お金や恋愛といった別の悩みからキャリアの話に入ってくる導線を作って、裾野を広げたい。 バージョンアップ版として、人生を丸ごと、一貫して支援できる存在になっていく。それが、いまポジウィルとして描いている理想像だと思っています。


「運が八割」——立ち止まっている人へ

——キャリアに悩み、立ち止まっている人へ、人生の先輩としてアドバイスをお願いします。

斉藤さん:うちの代表も好きな理論なんですけど、「プランド・ハップンスタンス理論(計画的偶発性)」という考え方があります。端的に言うと、みんな計画通りにキャリアを積んできたわけじゃなくて、偶然のチャンスを八割つかみ続けた結果、いまがある、という理論なんです。 振り返ると意味づけされて「計画的だった」ように語られるだけで、実際にうまくいっている人は、急に舞い込んできた話を自分ごと化して、チャンスに変えている。キャリアって、実は運が八割くらいで構成されているんですよ。 だからこそ、いつパスが来てもいいように、準備し続けられるかが大事だと思っています。チャンスが来たときに心が準備できていないと、「自分にはちょっとな」と逃してしまう。それが、キャリアを逃してしまう「あるある」なんです。

一人だったら、たぶん逃げていました

——最後に、これまで支えてくれた周りの方々へ、メッセージをお願いします。

斉藤さん:あまり話していなかったんですけど、僕、実は19歳で結婚しているんですよ。いわゆる授かり婚で、子どもも19歳のときにできました。いまは高2、中2、小学5年生の3人の子どもがいます。だから新卒で入社したときから扶養家族がいて、経理労務の人に「え、扶養いるんですか?」と驚かれるくらい、伝説的な始まり方をしていて(笑)。 正直、一人だったら「向いてないし、合わないからやめようかな」となっていたと思うんです。Yahoo知恵袋に課題を投げるくらいだったんですから。でも、家族がいたから、簡単には逃げられなかった。その「逃げられない環境」が、いま思うとすごくプラスだったんですよ。 応援してくれる人って、直接声をかけてくれなくても、実はSNSで見てくれていたり、意外とたくさんいるんですよね。自分のためと同じくらい、そういう人たちに目を向けていけるといい。孤独だけでは乗り越えられないものが、きっとある。これは自分自身へのメッセージでもあるんですけど、そう思っています。


行き当たりばったりに見えた選択の一つひとつを、斉藤さんは「偶然を八割つかんできた」と表現する。しかしその裏には、いつパスが来てもいいように準備を続ける姿勢と、家族という「逃げられない環境」を力に変えてきた強さがあった。創業者ではなく、会社の中枢を担う一人の人間の半生。その言葉は、いま立ち止まる誰かの背中を、静かに押してくれる。


会社概要 会社名:ポジウィル株式会社

代表:金井 芽衣

事業内容:個人向けキャリア支援(キャリアコーチング)事業

大学教授監修のキャリアメソッドを用いたコーチング・対話を通じ、

5年後・10年後のキャリアパス設計を支援。近年は法人向け支援も開始。

創業:10期目


取材:河本龍真 文:佐藤大遥(株式会社One Rep)


ぶち上げch noteインタビュー希望の方はこちら → https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSc7QMCdWjv_M00Nxb53MkgpI3rNBzn6sn8gP6Ac20UVlcLxew/viewform

人生ぶち上げch出演希望の方はこちら → https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSfM9X1KVQZBL6NcdVZM9ARd98B7MG-F2FOauMuol2sW-YX4Rw/viewform


#経営者インタビュー#キャリアコーチング#キャリア支援#ポジウィル#執行役員#人生ぶち上げch

この会社が気になったら

この会社に興味があります

読み込み中…

ぶち上げインタビューの他の記事