2026.10.09 / ぶち上げインタビュー

【経営者インタビュー】「今、くすぶってる人がいい」——大学1年で8単位、そこから全国1位を獲った営業マン。大阪の営業会社代表・白樫風汰さん

「今、くすぶってる人がいい」——大学1年で8単位、そこから全国1位を獲った営業マン。大阪の営業会社代表・白樫風汰さん

「今、くすぶってる人がいい」。 その一言に、彼の哲学のすべてが詰まっていた。何をしていいのかわからない。自分のビジョンが見えない。かつての自分がまさにそうだったからこそ、白樫風汰さんはそんな若者に手を差し伸べたいと言う。 大阪を拠点に、2024年10月に創業した営業会社。光回線の訪問営業を主力に走り続け、いまは戸建て向け浄水器の訪問営業という新規事業を立ち上げている。率いるのは、代表の白樫風汰(しらかし はやた)さんだ。 生まれは大阪・岸和田。勉強が嫌いで、夢もやりたいこともなかった。大学1年を終えた時点で、取れていた単位はわずか8。それでも新卒で飛び込んだ営業の世界で、2年目にして全国1位を

この記事の要点

  • 01とりあえず一部上場企業に入って親を喜ばせたいと思って、適当に受かった会社に決めた、みたいな感じです。
  • 02起業のノウハウも何も知らなかったので、じゃあ一回営業をやめて、趣味を極めよう、それが仕事になればいいなと思ったんです。
  • 03僕は営業マンであって、経営者ではないので、会社の経営のことは何もわからないんです。

※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。

まずは事業紹介——光回線から、浄水器へ

——初めての方に向けて、いまのお仕事を教えてください。

白樫さん:2024年10月に創業した、大阪の営業会社です。事業はずっと光回線の訪問営業をメインでやってきたんですけど、今回ちょっと新しく、戸建て向けの浄水器の訪問営業事業を立ち上げているという感じですね。めっちゃざっくりした会社概要ですけど(笑)。

——新規事業を立ち上げるフェーズなんですね。

白樫さん:そうですね。うちはまだ人数も少なくて、いわゆる出来上がった組織じゃないんですよ。だからこそ、これから事業を一緒につくっていける会社だと思っています。


岸和田で、祭りとともに生まれた

——幼少期はどんなお子さんでしたか。

白樫さん:生まれは大阪の岸和田市で、親も祭りをやってるんで、生まれたときから祭りがあるみたいな環境でした。

——ご家族は経営者一家だったんですか。

白樫さん:あ、全然そんなことないです。もう普通のサラリーマンで。会社経営とか、そういうことは幼少期には全く思い描いてなかったですね。


夢も、やりたいことも、何もなかった学生時代

——学生時代は、将来のことをどう考えていましたか。

白樫さん:いや、全くですね。もうただ勉強が嫌いで、これといってやりたいことも夢も何もなくて、本当に何も考えてなかったです。ただ遊んでて楽しいなぐらいで。今の若い子ってすごい成長意欲とかあるじゃないですか。僕は真逆で、どうなりたいとか、どうなりたくないとか、全く何も考えてなかった。ただ、親に迷惑をかけないように、普通に大学行って、無難に就職して、みたいなことしか考えてなかったです。

——単位で苦労された、という話も伺いました。

白樫さん:大学1年が終わったタイミングで、多分8単位くらいしか取れてなかったんですよ。普通、みんな三、四十単位くらい取るんです。僕は必修しか取れてなくて。124単位くらい取らないと卒業できないんで、残りの3年間はガチでフル単狙いにいって、まあなんとか取ったんですけど。だから就活なんてする暇がなくて。とりあえず一部上場企業に入って親を喜ばせたいと思って、適当に受かった会社に決めた、みたいな感じです。


2年目で、全国1位——「営業、向いてるんや」

——新卒ではどんな会社に入られたんですか。

白樫さん:業務用冷蔵庫の会社で、飲食店とかに本当に飛び込みで行く、飛び込み営業でした。新規開拓もそうですし、既存のお客様にまた別の商材を営業したりとか。正直、めちゃめちゃ適当に決めたんですよ。就活してる時間がなかったんで、ここでいいや、みたいな。

——そこで全国1位を獲られた。

白樫さん:24歳ぐらいの時ですね。入社して2年ぐらいで全国1位になったんです。営業が1300人くらいいたと思うんですけど、何個かの部門で全国1位になって。それで、営業向いてるんやなって、その時に初めて気づいたんです。別に営業が好きだったわけじゃないんですけど。あの会社では本当に学ばせてもらったし、人としてかなり成長させてもらいました。

すべて、数なんです

——1位を取れた秘訣は、どこにあったんでしょう。

白樫さん:もう、すべて数なんです。新入社員なんて、失うものもプライドもないじゃないですか。売れなくて当たり前のその期間に、とにかく数を打ちまくる。で、わからないことはその場で上司に電話して、その場で聞く。それを死ぬほど繰り返すだけです。それで勝手に結果がついてきた、って感じですね。

——成果が出なくて悩んだ時期は。

白樫さん:悩むことはなかったですね。こんだけやったら、いつか出るやろうって。一番下だったのも、恥ずかしさとかなかったです。逆に、一番下から先輩たちに追いつくのが楽しくて。徐々に結果が出始めた時は、一番下でもこれだけできるんです、みたいな優越感すらありました。些細なことでも、前に聞いたことでも、とにかく質問して、実行して、できるまで繰り返す。その数だけは、絶対に誰にも負けていない自信がありました。


大怪我と、1年間の寝たきり

——順調に見えるなかで、一度営業をやめられたと。

白樫さん:実績を残しすぎていくと、なんかもう嬉しくなくなってくるんですよ。売れた後の事務作業が面倒だなとか、納品がだるいなとか。嬉しいより手間のほうが勝ってしまって。それだと営業をやってる意味がないなと思って。起業のノウハウも何も知らなかったので、じゃあ一回営業をやめて、趣味を極めよう、それが仕事になればいいなと思ったんです。

——それがスノーボードだったんですね。

白樫さん:そうです。11月、12月くらいに営業をやめて山にこもりに行くんですけど、その1ヶ月半で大怪我しちゃって。前十字靭帯と半月板を断裂して、全治1年くらい。1年間ずっと寝たきりで、仕事もできなかったんです。しかも僕らの時はコロナで、入院中も面会に来れなくて。退院してもずっと家でやることがなくて。その暇な間に遊びに連れ出してくれたのが、幼なじみだったんです。

25年来の幼なじみと、もう一度営業を

——その幼なじみと、いまも一緒に会社を。

白樫さん:小学校1年生からの仲で、もう25年ぐらいですかね。親同士も友達で。その子がちょうど光回線の訪問営業をやってて、結構稼いでたんですよ。それで、久しぶりに俺も営業やろうかなと思って再開したのが、だいたい4年くらい前です。まさか一緒に会社をやるとは、当時は思ってなかったんですけどね。


個人事業主から、勢いで法人へ

——復帰されてから、独立までの流れを教えてください。

白樫さん:最初は社員として入ったんです。1年ちょいで上位のポジションまでいって。これだけできるなら自分でもできるんじゃないか、と思って、一回個人事業主として1人で頑張ってみようと。その時に、昔持っていた「起業したい」という熱がまた戻ってきたんですよね。1年半くらいでその会社は退職しました。

——法人化したきっかけは。

白樫さん:光回線をずっとやってきて、次はテレアポにチャレンジしてみたいなと思ったんです。ちょうどテレアポが強い会社さんを紹介してもらえて。人をアルバイトで雇って事務所を借りて、やった方がいいよって先輩に言われて。そんなに深く考えず、勢いで法人を立てました。ただ、その勢いが行き過ぎたのと、テレアポが思ったより難しくて、全然結果が出せなくて。結局3、4ヶ月くらいでやめました。

——経営者として、一番大変だった瞬間は。

白樫さん:まあ、キャッシュが回らんとか、その辺ですね。僕は営業マンであって、経営者ではないので、会社の経営のことは何もわからないんです。だから、しんどい時にキャッシュが回らないのは、やっぱりしんどかったですね。


幼なじみと2人、リファラルで広がる組織

——いまの組織体制を教えてください。

白樫さん:業務委託も含めたら、10人から15人ぐらいですかね。ガッツリ集客から入ってる社員はまだいなくて、副業でうちの商材を売ってくれてる子が何人かいる、という感じです。基本的には、周りの知り合いが入ってきてくれるリファラルですね。今のメンバーとの相性のズレとかも、全然ないですね。

——いま経営で困っていることは。

白樫さん:全くないんですよ。僕自身、そもそも困るとか悩みとかを、悩みと思わない性格で。他の人から見たらクレームでも、僕は気にしないというか、そう感じない。だから不安も何もないですね。

掲げる理念——「営業で人生は変えられる」

——会社として掲げているビジョンを教えてください。

白樫さん:ミッションが「営業で人生は変えられる」ということで。ビジョンは、「この会社に入って良かった」と思ってもらえることですね。僕自身、ずっと営業をやってきて、「営業なのに、なんで営業以外の事務作業をこんなにやらないといけないんや」という不満があったんです。だからこそ、営業に集中できる環境を与えて、人としても成長できて、お金と時間にも余裕ができて、結果「やっぱりうちに入っててよかった」って思ってもらえる会社にしたい。それが個人的な目標でもあります。


一緒に働きたいのは、「くすぶってる人」

——どんな人と一緒に働きたいですか。

白樫さん:成長意欲がある方なら、能力は低くても全然いいんです。ちゃんと最低限のルールと行動指針を守れること。それさえあれば、って感じですね。あとは、今、くすぶってる人がいいですかね。

——ご自身も、くすぶっていた時期があったんですね。

白樫さん:ありましたね。何をしていいかわからんとか、自分のビジョンが見えへんとか。当時、売れててお金もあったんですけど、じゃあこれを80歳までできるかというと、できなかった。先のことを考えたときに、不安要素が残る状態で。それが自分の中でくすぶってて、どうしていいかわからなかったんです。他の経営者さんみたいに地獄を味わった経験はなくて、僕が勝手に感じてただけかもしれないですけど。

——御社ならではの強みは、どこにありますか。

白樫さん:うちはまだ人数が少なくて、初期の会社なんです。出来上がった組織の歯車の一部になるか、これから歯車を組み立てていく側になるかといったら、うちは完全に後者。新規事業の立ち上げから携われるのが強みですね。あと、僕が直接、営業のノウハウを教えられる。経営のことは教えられないですけど、僕がどうやって結果を出したか、それだけは伝えられます。


読者へ——「わからんことを、わからんって聞く」

——最後に、くすぶっている読者へアドバイスをください。

白樫さん:僕がやってきたことで言うと、考えるより行動する、というか。で、「何を行動していいかわからん」という次の段階になると思うんですけど、それは身近な人から順番に聞いていく。わからんことを、わからんって聞く。それがいちばん大事です。僕はずっと「行動と、聞く」を極めて、営業マンとして成長できたので。高望みしないで、目の前でできることをコツコツやっていく感じですね。

——聞くのは、勇気がいることでもありますよね。

白樫さん:そうなんです。プライドを持っていたら、それまでなんですよ。素直に「わからないので教えてください」って言えるかどうか。捨てられないなら、もう今のまま頑張りましょうで終わるし、素直に頑張りたいって言えるなら、一緒に頑張りましょう、という感じです。一緒にワクワクできる未来を見ながら、仕事していきたいですね。


くすぶっていた自分を知っているからこそ、白樫さんの言葉には飾りがない。特別な武器などなくていい。行動して、わからないことを素直に聞く——たったそれだけを誰よりも徹底した先に、8単位の学生は全国1位の営業マンになり、いま一つの会社を率いている。出来上がった組織ではなく、これから歯車を組み立てる側へ。その手はいま、かつての自分のような若者に向けて差し出されている。


会社概要

創業:2024年10月

代表:白樫 風汰

所在地:大阪

事業内容:光回線の訪問営業、戸建て向け浄水器の訪問営業(新規事業)

ミッション:営業で人生は変えられる

ビジョン:「この会社に入って良かった」と思ってもらえること


取材・文:河本龍真(株式会社One Rep)


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