2026.09.11 / ぶち上げインタビュー

【経営者インタビュー】「お金って、感謝の枚数だと思ってるんです」——賃貸仲介に人生を懸ける26歳。名古屋・株式会社UnityEstate 平原斎さん

「お金って、感謝の枚数だと思ってるんです」——賃貸仲介に人生を懸ける26歳。名古屋・株式会社UnityEstate 平原斎さん

「お金って、感謝の枚数だと思ってるんです」 名古屋・丸の内を拠点に、賃貸仲介を軸とした不動産会社「株式会社UnityEstate」を率いる、平原斎さん(26)。掲げるスローガンは「人生の伴奏者として、住まいの選択に寄り添う」。部屋探しだけでなく、電気・ガス・水道・Wi-Fiといった契約まわりのライフラインまで協力会社と連携して支え、暮らしのはじまりに寄り添う会社だ。 5歳から空手漬けの毎日。全国大会にも出場した少年は、しかし小学校で糸がプツンと切れ、学校に通えなくなる。祖父の畑で聞いた一言から農家を志し、農業高校・農業大学校を経て農業の営業へ。だが理想とのギャップに突き当たり、たどり着いたのが

この記事の要点

  • 01「不動産ってこうやって回していくんだ」って身につけたうえで、22歳で起業しました。
  • 02平原さん:賃貸ってスケールしにくい事業なので、年商何十億みたいな目標は掲げていないんです。
  • 03僕が一緒に事業を始めた人が100人いて、たとえば100人の事業者の中にバーを経営している人がいたとしたら、3店舗はしごできるみたいな。

※ 人生ぶち上げch編集部が本文をもとに整理した独自の要約です。

「お金は感謝の枚数」——なぜ、儲からない賃貸に会社を懸けるのか

——まず、いまの事業を教えてください。

平原さん:弊社は賃貸の仲介がメインです。賃貸の契約にまつわる電気やガス、水道、Wi-Fiなども協力会社と連携してサポートしています。

——売買のほうが稼げるのに、賃貸を選んだのはなぜですか。

平原さん:売買を頑張るのはすごくいいことだし、お金も稼げる。でも、やっぱりお金じゃないなって思った瞬間があって。

お金って、感謝の枚数だと思ってるんですよ。不動産って、それがすごく顕著に出るんです。仲介手数料って、単なるサービス料じゃなくて、「ありがとう」の枚数として払ってもらうものなので。

平原さん:売買だと、多くて1件2件、関わるのは1人2人です。でも賃貸は何十人、繁忙期には何百人と関わる。何百人の人生に関われるって、すごく素敵なことだと思うんですよ。

前に住んでいた部屋って、入り口を入って右手に棚があって、左にキッチンがあって、あの居酒屋に行ったな、コンビニの店員さんと顔なじみだったな、って一生覚えてるじゃないですか。その一つひとつが人生のターニングポイントになる。その仲介ができるって、お金だけじゃ測れないんです。

レーサーの父と、毎日傷だらけだった空手少年

——どんな子ども時代だったんですか。

平原さん:父がレーサーで、ちょっと変わった人だったんですよ。教育方針も、なんていうか、割と「漢」って感じで。だから僕は学校にほぼ行かずに、5歳の頃からずっと空手をやってたんです。

毎日毎日、空手漬けで。全国大会にも出たりして、体はいつも傷だらけ、あざだらけでした。

——学校ではどうだったんですか。

平原さん:友達もあんまりいなかったんですよね。それで小4、小5くらいのときに、学校の先生から体罰みたいなものを受けたんです。

ただ、殴られても平気だったんですよ。空手で毎日傷だらけだったので、「いつものことでしょ」って。でも、あるとき糸がプツンと切れちゃって。そこから学校に行けなくなってしまったんです。周りの人が怖い、大人が怖い、って。

「野菜はお前を蹴ったり殴ったりしない」

——学校に行けなくなって、どう過ごしていたんですか。

平原さん:行けない期間、祖父が農業をやっていたので、そこに行くようになったんです。そのとき祖父がかけてくれた言葉が、いまも鮮明に残っていて。

「野菜はお前を蹴ったり殴ったりしないし、農家って素敵な仕事だよ」って。小学校時代ショックの影響での記憶がほとんどないんですけど、その言葉だけは覚えているんです。「僕は農家になるんだ」って、すごく強く思いました。

——それで農業の道に進んだんですね。

平原さん:はい。高校からは空手部の推薦もいくつかもらっていたんですけど、それを全部断って、家から一番近い、愛知県の農業高校に行きました。

そのあと農業大学校に進んで、農業の営業会社に就職したんです。野菜を作って消費者に届ける、やりがいのある仕事だと思っていたので。

理想と現実のギャップ——「一生これを続けるのは違う」

——実際に働いてみて、どうでしたか。

平原さん:思い描いていた農業と、ちょっと違ったんですよ。作った作物は全部、市場に出荷するんです。

いまカフェでコーヒーを飲んでいても、その豆を誰が作ったかわからないじゃないですか。作った人も、誰が飲んでいるかわからない。機械的に収穫して出荷して、の繰り返しで。

平原さん:僕が当時担当していたエリアの農家さんは12か月あるうち、収入になるのは4か月くらい。その4か月は本当に殺伐としていて、「話しかけるな、忙しい」みたいな空気なんです。それ以外の月は収入がなくてマイナス。太陽が昇ったら仕事して、落ちたらやめる。

これを一生続けるのは違うな、って正直思っちゃったんです。

成人式のなかった年に——「人から感謝される仕事を」

——考えが変わるきっかけがあったんですか。

平原さん:20歳で就職したんですけど、ちょうどその年、成人式がなかったんです。僕らの世代はコロナ禍だったので。人生一回きりのイベントがそんなふうに終わっちゃうんだって思ったとき、「人の人生一回きりの感謝される仕事に携わりたい」って強く思ったんですよ。

——「感謝される仕事」を、どう探したんですか。

平原さん:何が一番感謝されるんだろうって考えたんです。スマホかなと思ったけど、2年で買い替えちゃう。車も、何千万する車でも5年10年で乗り換える。

じゃあ人生最大の買い物って何だろうと。結婚式やお葬式、いろいろ思い浮かんだんですけど、行き着いたのが「家」だったんです。年収500万の人が、30年の借金を背負って最高の家を買う。みんなに夢を聞くと、マイホームがあって、子どもが2人いて、庭でゴールデンレトリバーと遊んでいる、って言うんですよ。

平原さん:人生最大の買い物に、面と向かって寄り添える。農業にはなかった、目の前のお客さんを最高の人生に導いていく仕事。これはすごく素敵だなと思って、不動産だ、と。

家は、人生最大の「ありがとう」——22歳の起業

——不動産の世界には、どう入っていったんですか。

平原さん:兄がたまたま積水ハウスに勤めていて、そのあと駐車場の転貸の会社に移ったんです。その仕事でオーナーさんとつながることが多くて。

そのつながりで、不動産をやっている会社に、兄と一緒に業務委託で入れてもらったんです。20歳から22歳まで、2年間。「不動産ってこうやって回していくんだ」って身につけたうえで、22歳で起業しました。

——法人はもともとお兄さんと一緒だったとか。

平原さん:そうです。もともと兄が代表の会社を一緒にやっていて、それがいろいろ乗ってきたタイミングで分社化したんです。

兄が売買、僕が別で会社を作って賃貸で代表になる、と。免許番号も自分たちでそれぞれで取って、いまは完全に分社化しています。

親孝行がしたい——夢を追い直した父と、家族会議

——起業の一番の理由は何だったんですか。

平原さん:親孝行が、一番強かったですね。兄と姉と3人で「親孝行したいよね」って話したことがあって。

父はもともとレーサーだったんですけど、一度辞めているんです。母は体が弱くて、肉も食べられない、日焼けもできない、階段も上れないような状態で。それでも家事を頑張ってくれて。母がほとんど働けないぶん、父はトリプルワークをしていて、家にいる姿を見たことがないくらい働いてくれていました。

——ご家族で、何か転機があったんですか。

平原さん:兄も姉も僕も就職するタイミングで、家族会議みたいなものがあったんです。そこで、あんなに「男」な父が涙目になって、「俺はもう一回、夢を追いたいんだ」と。レースに戻りたい、って言ってくれて。

自分の夢を捨ててまで僕らを応援してくれた親に、どうやって恩返しできるだろうって考えたとき、姿勢で返すしかないなと思ったんです。

平原さん:親孝行って、車を買ってあげるとか旅行に連れて行くとか、いろいろあると思うんですけど、それだけじゃないなって。

「息子さん何してるの?」って聞かれたときに、母がスマホでホームページを見せて「うちの息子、こんな会社やってるんだよ」って自慢してくれる。その瞬間が、僕にとって一番の親孝行なんです。それが僕の生きがいで、いまも会社をやる理由ですね。

「あなたと働きたい」で集まる7人——採用に妥協しない理由

——いまは何名くらいで動いているんですか。

平原さん:いまは7人ですね。入ってくれる人は、「平原さんと一緒に働きたい」って言ってくれる方が多くて。本当にありがたいことです。高校の友達が入社してくれたり、その奥さんが入ってくれたり。

——採用で、大事にしていることは。

平原さん:誰でもいい、とは言えなくて。「稼ぎたいよね、うち来なよ」みたいには誘えないんです。

大義を持って、「やりたい」という気持ちで来てほしい。やりがいがお金にすり替わった瞬間、人って変わってしまうので。よく「何をやるかじゃなくて、誰とやるかだ」って言うじゃないですか。でも、それが全てだとしたら、僕はちょっと違うと思っていて。誰とやるかも大事だけど、何をやるかも同じくらい大事なんです。だからこそ、集めるのが難しいんですよね。

紹介なら仲介手数料は無料——名古屋のタワマンも通す交渉力

——御社ならではの強みを教えてください。

平原さん:まず、ご紹介の場合は仲介手数料をいただかなくていいんですよ。紹介って「くれてありがとう」の感謝そのものなので、それを返すイメージで、手数料無料でやっています。

あとは、名古屋のタワーマンションのほぼ全てを紹介できます。そのあたりはなかなか出てこないんですけど、うちは提携が長くて、僕自身も経験があるので。有名なタワマンはほぼ全て紹介できます。

100人と、100の事業を——住めない人を救う管理業へ

——今後のビジョンを聞かせてください。

平原さん:賃貸ってスケールしにくい事業なので、年商何十億みたいな目標は掲げていないんです。そのかわり、「100人と、100の事業をやりたい」っていうのが僕の中にあって。僕が一緒に事業を始めた人が100人いて、たとえば100人の事業者の中にバーを経営している人がいたとしたら、3店舗はしごできるみたいな。それが100人いたら、僕はすごく夢がかなうなと思うんです。

——個人として、やってみたい事業はありますか。

平原さん:不動産の管理業を、もっと本格的にやっていきたいですね。審査にどうしても通らない方って、いるんですよ。過去に信用情報が傷ついてしまって、住みたくても住めない人が。

そういう人も救ってあげたいし、道しるべになりたい。自分が管理会社になれば、その人たちも通せるので。だから管理業を広げていきたいんです。

読者へ——「儲かるか」より「何枚のありがとうを集められるか」

——最後に、これを読む方へメッセージをお願いします。

平原さん:僕はお金を、感謝の枚数だと思っています。どれだけ目の前の人に価値を届けられるか、どれだけ熱意を持って向き合えるか。それがそのまま、自分の生きた証になると思うんです。

家を借りるって、人生における大きな決断です。名古屋で部屋を探している方、審査に不安がある方は、ぜひ一度話しに来てください。あなたの人生の一場面に、寄り添わせてもらえたら嬉しいです。

「儲かるから」ではなく「何百人の人生に関われるから」。あえてスケールしない賃貸を選び、手数料よりも「ありがとうの枚数」を数える。

会社概要

会社名:株式会社UnityEstate

代表者:代表取締役社長 平原 斎

所在地:〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内2丁目12番26号 丸の内セントラルビル901号

事業内容:不動産賃貸仲介業(居住用・事業用)/不動産売買仲介業/ライフライン取次業/建築企画/店舗・テナントの内装設計・施工及びリフォーム業/損害保険代理業/賃貸不動産管理業

資本金:100万円

従業員数:7名

TEL:052-228-7163

HP:https://unityestate.co.jp

取材・文:黒澤優一(株式会社One Rep)

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